「ウェールズ」という名前を聞いたことがあるだろうか。日本人が「イギリス」と呼ぶ国は、実はユナイテッド・キングダム(UK)という連合国で、スコットランド、イングランド、ウェールズ、北アイルランドという4つの国から成っている。そして、この4つの国には、それぞれスコットランド・ゲール語、英語、ウェールズ語、アイルランド語という言語がある。英語はゲルマン語族だが、他の3言語はケルト語族という言語グループで、英語とは語順も語彙も異なる言語である。このうちウェールズ語は、言語の活性化が進んでいる言語としても有名である。昨年ウェールズに行く機会があったので、現況を報告したい。

ウェールズは、人口約360万人の国である。13世紀にイングランドから軍事支配を受け、16世紀に公式に併合された。それ以降、英語が公用語とされ、ウェールズ語の話者は減少していく。しかし、1967年に「カムリ―言語法」が制定され、ウェールズ語の公的使用が認められてから、テレビ局の開設、ウェールズ語学校の増加、公用語化、などウェールズ語を普及する取り組みが進み、話者はだんだんと増えている。また、北部では今でもウェールズ語が第一言語で、子供たちは小学校に入って初めて英語を習う。

政府は、現在56万人のウェールズ語話者人口を、2050年に100万人にまで増やす計画を進めている。ウェールズ語は公用語であり、道の標識は2言語が併記されている。義務教育においても、全体の3割がウェールズ語で教える学校であり、英語で教える学校でも、ウェールズ語の授業があるため、子供たち全員がウェールズ語に接する機会を持つ。大学にはウェールズ語学科があり、大人向けのウェールズ語学校には補助を受けて通うことができる。こうした教室を通じて、毎年1000人の話者が増えているという。どんな人が教室に行くのだろう?と疑問に思うかもしれないが、例えば警察官や小学校の教員にはウェールズ語の素養が求められるため、今ではウェールズ語を話せることが、雇用機会を増やすツールになっているそうだ。

私がウェールズで学んだことは、政府がトップ・ダウンでカバーできない部分を、民間やNPOに任せていることである。例えば、政府はウェールズ語を「教室の言語から、遊び場の言語」に広げたいと考えている。ウェールズ語が義務教育に取り入れられたお陰で、子供たちは教室ではウェールズ語を話すが、外に出れば英語に戻る子供が多いので、日常生活でも使う機会を増やしたいという希望だ。そこで活躍しているのが、メンタル・アイス(Mentar iaith)という若者のベンチャー企業だ。ウェールズ全体に22の支社を持ち、それぞれの地域に合った取り組みを行っている。例えば、北部では今でも第一言語なので、課題は「人口流出を防ぐこと」、そのための雇用創出に取り組んでいる。南部では英語が第一言語なので、ウェールズ語教室の増設など、より直接的な活動をしている。また、若者向けのイベント(スキーやディスコ、バンドなど)を企画し、ウェールズ語を遊び場でも使う機会を増やしている。スタッフも10代や20代の若者が中心で、働きかけたい対象の関心をよく分かっているようだった。こうした団体に、政府が補助を出している(政府の補助を受けない団体もある)。様々な立場の団体や人を通じて活動を拡げてる方法は、島ことばの継承にもヒントになりそうだ。

えらぶむに ©2020. Photo: ARISA KASAI