南海日日新聞

世代の記憶繋ぐ手法

南海日日新聞2019年11月06日掲載:島ことばの散歩道15(執筆:横山晶子)再掲載


ロンドン大学東洋アフリカ学院(SOAS)に1カ月間、客員研究員として来ている。 ここで、言語復興の理論を学びながら、沖縄語の継承を目指すズラズリ美穂さんにお会いしたので、紹介したい。

美穂さんは沖縄県読谷村波平出身。いわゆる〝ウチナーヤマトゥグチ〟を話す世代である。 沖縄の大学を卒業した後、結婚を機にロンドンに移り住み、日本語教育を学ぶためにロンドン大学修士課程に入学した。 しかし、大学で「沖縄出身なら、なんで琉球語(奄美・沖縄の言葉)のことをしないの?」と聞かれるうちに「日本語を教えている場合ではない」と思うようになる。 現在は、教育学の知識を生かして、自分のルーツの言語の継承に貢献したいと考えている。

美穂さんが琉球の言語継承のために参考にしているのは「マスター・アプレンティス」という手法である。 米国カリフォルニア州で1990年代から実践されているこの手法では、言語を学びたい人(アプレンティス)と言語を知っている人(マスター)がペアになる。 そして、週に決まった時間、家事や仕事などの具体的な活動(タスク)を、学びたい言語だけですることで、伝統的な文化や言語を習得する。 この手法の良いところは、実際に使う自然な表現を学べること、そして、教室ではなくて1対1で学ぶため、多様性が大きい言語を標準化せず、多様性のままに継承できることである。

美穂さんは、この手法を奄美・沖縄に適した方法にアレンジし、奄美・沖縄の言葉を学びたい人を募集しながら、自身も父親や身近な話者数人をマスターにして実践している。 最初、父親と会う時間を決めて活動(タスク)をしたが、取ってつけたようなタスクは上手くいかない。 試行錯誤の最中、週に1回、父親と介護施設に入所している祖母を訪問して、父親の助けを借りつつ、沖縄の言葉で祖母と会話してみることにした。

すると、何度か訪れるうちに祖母自身の女学生時代の話や、夫が大阪で苦労した話など、これまで聞いたことがない話が出てきた。 断絶していた世代の記憶が繋がったのである。そこで理解したのは、本当に取り戻したのは言葉ではなく、いま語り合っているこの時空だということである。 関係性を取り戻した後なら、言葉は幾らでもついてくる。

美穂さんは方針を変え、タスクではなく、まずはマスターと過ごす時間を大切にすることにした。 父親の行動を観察していると、ゆっくり時間を過ごせるのは、日曜日の午後、庭仕事の時間だと気が付く。 庭仕事を手伝っていると何度か(枝を)「集めて持っていって」と言われたので「方言でなんていうの?」と聞いた。 「あちみやーいむっちーけー」。その言葉を聞いたとき、確かに今ここで、この関係性の中でしか出てこない、魂につながる言葉を学んだと感じた。

美穂さんは、マスター・アプリエンティスに参加するのは地元出身の人だけじゃなくてよいと考えている。 島々にはいろいろな経緯でやってくる人がいる。多様な背景を持つ人が、島で新しいアイデンティティーを確立するきっかけにしてほしい。

マスター・アプリエンティスの手法は、話者がいる言葉でしか出来ない。時間もかかる。でも奄美・沖縄にはまだ地域の言葉を話せる話者がたくさんいる。 家族や地域の大切な人との時間を過ごしながら、地域の言葉、文化、記憶と繋がる方法として、ぜひ参考にしてほしい。 興味のある人は miho.zlazli@gmail.com にご連絡ください。

今帰仁で「マスター」の人たちと共に(ズラズリ美穂さん提供)

戻る