南海日日新聞

島の音を書く 琉球諸語統一表記法

南海日日新聞2019年4月6日掲載:島ことばの散歩道⑧(執筆:横山晶子)再掲載


島ことばは文字に書けない!とよく言われる。 確かに、奄美群島~沖縄諸島まで広く使われている「豚」(音声記号では [ʔwaː]、「っわー」と発音するような感じで「わ」と区別される)はどう書いたらいいのだろう? 今回は、その一つの提案として、琉球諸語研究者が考案した「琉球諸語統一表記法」について紹介したい。

島ことばを文字に書けないと感じるのは、島ことばに「日本語にない音」が存在するからである。 日本語の音を書くための平仮名では、島ことばを十分に書き表すことが出来ない。 歴史上、琉球語を表記する機会がなかったわけではない。 例えば『おもろそうし』や琉球王国の公文書、碑文などは漢字混じりのひらがなで書かれた。 しかし、琉球諸語を書くための独自の文字が発達するということはなかった。

従って、島ことばをひらがなで書く試みは、各々の工夫の中で行われてきた。 極端に言えば本ごとに異なる表記法がある。例えば、仲原穣講師(琉球大学)の調査では、沖縄中南部方言の辞典類だけで「豚」を表す表記に、 「うゎー」「ぅわー」「っわー」など7通りもの表記があるという。 同じことを表すために反対の手法を用いている場合さえある。 島ことばには、「っわー(豚)」のように喉を閉める発音と、「わー(私の)」のように喉を閉めない発音を区別する方言があるが、 小川晋史准教授(熊本県立大学)によると『奄美方言分類辞典』では前者をカタカナ、後者をひらがなで表すのに対し、 『今帰仁方言辞典』では前者をひらがな、後者をカタカナで表している。同じ音を違う表記法で表すことは、当然混乱のもとになる。

また、日本語にない音を表すために旧仮名文字が用いられることも多いが、これも問題がない訳ではない。 例えば沖永良部島では「男」を表すyinga(音声記号では[jiŋga]、ヤ行のイ段:yiのような音)に「ゐんが」と書く書物が複数ある。 しかし、日本語旧仮名文字の「ゐ」は元来「うぃ(wi)」の音を表す文字である。 この書物を見た人は、方言を知らない限り「男」=「うぃんが」と読んでしまうだろう。

こうした問題を解決しようと、喜界島~先島諸島の言語を研究している研究者約20人が集まり、提案したのが「琉球諸語統一表記法」である。 これは、琉球諸語全部の音を洗い出し、同じ音には同じ表記を当てるよう工夫したものである。 例えば、先ほど紹介した「喉を閉める音」は「'」で表され「豚」は「'わー」と表記する。 補助記号を使うため、幾つかのルールを覚える必要があるが、各方言で覚えなければならない特殊な表記(日本語にない音)はそれほど多い訳ではない。

琉球諸語統一表記法は、小川晋史編『琉球のことばの書き方 ―琉球諸語統一的表記法』(くろしお出版)で紹介されており、 パソコンで簡単に利用できるよう「しま書体」というフォントも開発された。 しま書体は、地域で方言を書く活動をしようという人であれば、 今のところ無料で使用することができる(興味がある方はこちらの「問い合わせ」フォームからご依頼ください)。

徳之島町の文化塾「島学」で琉球諸語統一表記を学ぶ受講者たち=2017年8月26日(小川晋史准教授提供)

表記法はあくまで「約束事」であるため、絶対的に正しいというものはない。 地域で広く定着した慣習があれば、そちらに従う方が良いかもしれないし「統一表記法」がどうしても実感に合わない場合 「どのような音声なのか」を明らかにした上で、独自の表記を使うことも可能だろう。 ただ、方言を文字に書き表すとき、もし「書き方」に迷う場合にはぜひ参考にしてほしい。


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