南海日日新聞

言語の再活性化は可能か?

南海日日新聞2018年10月3日掲載:島ことばの散歩道②(執筆:横山晶子)再掲載


第1回では、世界の多くの言語が消滅の危機に瀕していること、そして奄美・沖縄諸語も危機言語の一つであることを述べました。 第2回では「そもそも言語の再活性化は可能か?」について述べたいと思います。 先に結論を述べれば、言語の再活性化は簡単ではありませんが、不可能ではありません。今回は、二つの事例を紹介します。

歴史上、恐らく最も劇的な再活性化を遂げた言語は、イスラエルのヘブライ語です。 ヘブライ語は、3世紀頃に話し言葉としては死語(話す人がいない言語)となりましたが、 20世紀になってベン・イェハダという人物の尽力により復活し、現在はイスラエルの公用語の1つとなっています。

ヘブライ語の復興において、重要な点は二つ指摘できます。 一つ目は、ヘブライ語は話し言葉としては死語であったものの、 2千年近くもの間、書き言葉として生き続けていたために、大量の言語資料が存在したことです。 二つ目は、ベン・イェハダという個人による復興運動です。 彼が取り組んだのは ①家庭でのヘブライ語の使用 ②幼稚園でのヘブライ語教育 ③ヘブライ語新聞の発行 ④辞典の編纂 ⑤言語委員会の発足―であり、 周囲の協力を得ながらも、ほとんど独力で「言語の復活」という歴史上類をみない事業を成し遂げました。

もう一つ、近年注目を浴びているのはハワイ語です。 ハワイ語は、1980年代には話者が約2千人、その9割が70歳以上という状態でしたが、 その後のハワイ語再生運動により話者が7千人ほどまで回復し、州の公用語にもなっています。 ハワイ語の再生において大きな役割を果たしたのは、プーナナ・レオというハワイ語のみで教育する幼稚園の誕生でした。 1984年に最初のプーナナ・レオが誕生し、同様の幼稚園が現在では12校、小・中・高校が21校、大学でもハワイ語を専修することができます。

プーナナ・レオの様子(撮影:山田真寛、2016年)

ハワイ語の再生が軌道に乗りつつある背景には、言語だけではなくハワイアン音楽やフラ(踊り)を含めたハワイ文化の再活性化、 そしてハワイ語学校が教育面でも成功を収めていることがあります。 意外に思われる方もいるかもしれませんが、ハワイ語で学ぶ子どもたちは、他の教科(英語や算数など)においても、 英語で学ぶ子どもたちより成績が良いそうです。 またハワイ語学校は中退者がおらず、進路先にも優秀な大学が名を連ねています。 ハワイ語およびハワイ文化を学ぶことが、子どもたちのアイデンティティーを肯定的なものとし、生活全般にプラスの影響をもたらしていると考えられています。

この他にも、ニュージーランドのマオリ語、フィンランドのサーミ語など、世界各地で言語再活性化が成功に向かっている事例は複数あります。 こうした事例から学べることは何でしょうか?

まず、ヘブライ語もハワイ語も、復興運動以前に「資料が大量に存在した」ことが指摘できます。 ヘブライ語には聖書をはじめとした書物があり、ハワイ語にもハワイ王朝時代の新聞や音声が大量に残されていました。 特にヘブライ語の事例から分かることは、ある時代に話し手がいなくなった言語でも、十分な記録が残っていれば、 その言語を生き返らせることは可能だということです。 言語学では、言語の記録には ①文法書 ②辞書 ③自然談話資料(自然に話した会話の記録)― が必要だとされており、デジタルツールが発展した現代は、音声や映像の記録も可能になっています。 ①文法書については、2000年代以降、奄美・沖縄各地で詳細な文法書が記述されています。 ②③辞書や普段の会話の記録、音声や映像の記録については、研究機関による取り組みもありますが、地域の人が取り組むことが、実は最も効率的で強力です。

次に、言語の再活性化について、ヘブライ語もハワイ語も、家庭での言語の使用と、子どもへの教育が、重要な契機になっています。 ハワイ語においても、ハワイ語復興運動を始めた教師たちが初めに取り組んだのは「自分の家でハワイ語を使う」ということでした。 言語の再活性化というと大事業のように思えますが、本当は「家で島ことばを使う」というシンプルな行動が、 言語を次世代に継承する一番の力になります。そしてもう少し大きな活動として、子どもたちへの教育があります。 いきなり島ことばの幼稚園を開くことは難しくても、島ことばの授業を組み込んでみる、島ことばだけの時間を取ってみる、ということは、不可能ではないと思います。

言語の再活性化は、絵空事のように思われることが多いですが、経験的事実として「言語の再活性化は不可能ではない」ということを強調したいと思います。


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